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平凡な覚醒 by しろかげ。
透明な抱擁 4.
糸に連なるようにしてユージとの日々の些細な出来事を思い返しているうちに、車のナビゲーションはあと15分であの交差点に到着することを示していた。たしかこの先は海を離れて谷合いを抜ける道に出る筈だった。もうすぐ右手に見えてくるであろうあの美しい円錐状の山頂は、かつて火口だった草原をぐるりと巡る遊歩道になっていて、遠い日のユージは私の手を引きながら足元の高さに見える水平線を眩しそうに眺めていた。息を吸い込むと胸の中まで染まりそうなくらいに空も海も真っ青に輝いていたのを、私はきっと生まれ変わっても忘れない。
一年前、出張帰りのユージがここへ寄り道したとしても不思議はないけれど、どうして一人で来ようとなんかしたんだろう。本当は他の誰かと一緒だったなんて言わないよね...。あぁぁ、昨日までは一度だってこんなことを疑いもしなかったのに...。
ユージが轢かれた交差点は、四つ角を右へ曲がると山へ向かい、通り越した左手にはコンビニの広い駐車場がある。店の入り口から一番遠いスペースに車を停めたユージは、何を買うでもなく来た道を戻るようにして交差点を歩いて渡り、海側へと少し下った地点で左折してきた車に撥ねられたのだった。どうして...。どこへ行こうとしたの...。あの日のユージは、やっぱりいつものあの癖のある不恰好な歩幅でここを渡ったのだろうか。
車の往来のためだけに設置されている信号が青に変わるのを待って、私はユージが見た最後の光景を再現するように道を渡った。コンビニの建屋が視界から外れると、右手へ下る道が木立の中へと続いていた。この辺りを私は歩いたことがないけれど、緩やかな左カーブになったその先は、閑静な別荘地へ続いているように見える。ユージが轢かれたのはこの辺りだ。
用意してきた小さな花を道端に添えて立ち上がると、あ、まただ。私はユージに呼ばれた気がして、導かれるように道の中央寄りに歩み出た。木立に遮られていた道の視界がおもむろに開けると、視線の先には、あの日二人で見たのと同じ蒼く霞んだ水平線が現れた。
そうか、そうだったんだ。ユージも私と同じように手探りでここまで来て、あの海を見つけて立ちすくんでしまったんだ。そしてそのまま後ろからの気配にも気づかずに逝ってしまうなんて、あんまりにも不器用過ぎて泣けてくる。ユージはやっぱり私の愛したユージだったんだね。あぁ、一年分の涙が今さら溢れて止まらない。
ねぇユージ、あの部屋へ帰ろうよ。運転は私がするから、ユージは透明な助手席でしっかり道案内してちょうだいね。