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平凡な覚醒 by しろかげ。

透明な抱擁 2.

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 夜が白む前に〆切り仕事を仕上げた私は、いつものようにソファにもたれたまま朝を迎えた。思えばユージがいた頃もそうだった。月曜と木曜の朝はいつも、ユージがリビングのゴミ篭を新しくする音で私は目を覚ました。
 「あ、おはよう、またやってもらっちゃったね」
 「ゴメン起こしちゃったかぁ、今ならベッドがまだ温かいからゆっくり休みなよ」
 「大丈夫、それより出張今日からだったよね?」

 「うん、行ってくるよ」
 それが私たちの最後の会話だった。

 ユージは朝が早く、私は夜が遅い。すれ違いの二人だったけれど、日に一度は必ず一緒に食事をすることが日課だったし、どちらかが家を留守にすることも稀で、この部屋はいつだって繭のように安全な時間が流れていた。だからユージに一週間の不在を告げられたのは、私にとってはちょっとした事件だった。寂しいと思ったのではなくて、何か昨日までは感じたことのないような、ざわりとした異物の侵入を予感したのだった。

 今にして思えば、あの気持ちは疑念と呼ぶべき類のものだったように思う。仕事に口を出すつもりはないけれど、私が家に居るようになってからのユージは明らかに帰宅が遅くなっていた。私が出張に着いて行くと言ったのはただ甘えてみたかっただけではあるけれど、あれほど真っ直ぐに否と返すなんていつものユージらしい語り口には思えなかった。
 昨夜のうちにまとめておいたキッチンのゴミを出しに外へ降りて、再びエレベーターの数字が10まで上るのを眺めながら、私は胸の中にかつて浮上して来たことのない黒点がじわと拡散するのを拒めなかった。

 あぁユージ。どうして今朝はこんなことばかり考えてしまうんだろう。あの朝も私はこのソファに寝そべりながら、出掛けるユージの後ろ姿を見送ったのだった。背中を見ていたかったんだと思う。いつも必要以上を言わない人だったから、仕草や表情を観察することが私の無意識の習慣になっていたのだ。一週間も留守にするというのに、ユージは一度も振り返らずにドアを閉めて行ってしまったよね。
 ねぇユージ。今さらだけど、あの日はどうしてあんな所へ立ち寄ったの? 事故に遭った交差点は、出会った頃にリフトで一緒に登った山への入り口だよね。あの交差点には大きなコンビニがあって、ユージの車はそこに停められていた。まさか登山口まで歩くつもりだったというの...?

 一周忌にはまだ少し早いけど、あの交差点まで行ってみようかな。私は霊的な話を真に受けたりはしないくちだけれど、ユージが祭壇で眠るようになってからというもの、ときおり呼ばれたような気がしてドキリとすることがあるんだよ。事故の現場に足を向ける気になるなんて昨夜までは思いもよらなかったのに、今朝は胸が騒いで止まらない。


つづく>>>
しろかげ。>>>

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