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平凡な覚醒 by しろかげ。
ユーコの蒼い夜 3.
*登場人物
ユーコ・・・絵本作家
ナオト・・・ユーコの夫
マリ・・・ユーコの親友、ジャズシンガー
リリィ・・・ユーコの愛猫
ケン・・・蓮華座の男
衝動
蒼白い満月は左から3本目の梢へと傾きながらメタリックな雲のホワイトにドロップシャドウを施している、なんだかCGみたいだ私なら鉛筆モードで、などと、妄想する癖を私は嫌いではない、物心つくよりも先に描き始めていたことを誇りにすら思っている。
見えているもの、とアリノママとは互いに異次元の国に住む。その橋渡しなのだと思う、私にとって描くことは。
タンッ、とベンチが小さく揺れて身構えた。ネコだった。精悍な子だ。白く嫋やかなリリィに見慣れているからそう思うのだろうか、モノクロの虎柄は斜辺の丸い直角三角形のシルエットで私を見つめている、リリィのような目で。
「あぁそうなの? キミもこの蒼い石が好きなの?」
当てもなくノートを広げスプーンのようなふたつの耳や零れた星の軌跡のような髭や署名のように添えられた尻尾などをデッサンする、いつだって唐突に脈絡もなく連想は線を結び像を描く、そうだ私はいつも描いていた、なんでも何にでも、描きなぐっていた。
絶叫のような白い声がいつも突然訪れて、強大な力で、私を突き流すのだ見知らぬ畔へ、連れ去られて呆然と、ここは何処なのか私は誰なのか、描くことでせめて生の鼓動を確かめるのだった。
衝動、という語を大人になって知ったけれどその正体は今も知らない。
ネコは不意に身構えて横顔を低く一点に集中させた。そうだきっと私はあんな目をしているんだ、外ではなく内へ向けて、口数の少ないお絵描き好きという幻影のウラ側で獰猛な白い牙に、魘されているのだ。
「何を見つけたの? 行ってらっしゃい」
ネコは暗闇を駆けて行った、真直ぐに、全速力で、あの子には何が見えているんだろう。覚悟、なのかも知れない、生きることは自分を拠り所にする以外に座標がないのだから。