MAGAZINEマガジン
ホリステック・ライフに向けて by 中川吉晴
「行為」の道とは何か -『バガヴァッド・ギーター』を読み解く- vol4
*TAO LABより
同志社大学Well-being研究センターから2021年3月29日に小冊子『ウェルビーング研究 3』が発行されました。
その冊子には当社刊『神の詩 バガヴァッド・ギーター』を引用しながら同志社大学社会学部教授の中川吉晴先生の"「行為」の道とは何か-『バガヴァッド・ギーター』を読み解く- "という論文が掲載されています。
その論文を中川先生及び同志社大学Well-being研究センターのご厚意によりここに転載させていただけることとなりました。
ありがとうございます。
章単位ごとに12回に分け、連載させていただきます。
今回は4回めです。
では、今此処にいながら中川先生とともに時空を超えたギーターの旅をお楽しみください。
*4 アルジュナの苦悩
『バガヴァッド・ギーター』は、戦士アルジュナと、彼の御者にして神であるクリシュナとのあいだの対話で進んでいく。アルジュナはパンダヴァ五王子の一人で、弓に秀でた勇猛な戦士として知られている。アルジュナは戦闘に先立って、クリシュナに命じて戦車を両軍のあいだに引き出し、両軍を見渡し、自分の親族や友人たちが両軍に分かれていることを目の当たりにする。そして突如、悲痛な思いと恐怖に襲われる。
おおクリシュナよ
血縁の人々が敵意を燃やし
私の目の前で戦おうとしているのを見ると
手足はふるえ口はカラカラに乾く
(1: 28, p. 21)
体のすみずみまで慄えおののき
髪の毛は逆立ち
愛弓ガーンディヴァは手から滑り落ち
全身の皮膚は燃えるようです
(1: 29, p. 21)
大地に立っていることもできず
心はよろめき 気は狂いそう......
おおクリシュナよ
私には不吉な前兆しか見えません
(1: 30, p. 22)
血縁の人々を殺して
いったい何の益があるのでしょうか
わが愛するクリシュナよ
私は勝利も領土も幸福も欲しくない
(1: 31, p. 22)
アルジュナは同族間の争いの悲惨さを思い、戦意を喪失し、「ああクリシュナよ 私は彼らに殺されても/ 彼らを殺したくはないのです」(1: 35, p. 23)と告げる。
ドリタラーシュトラの息子たちが
武器を手にして私に打ちかかるとも
私は武具を外し抵抗せずに
ただ立っている方がいいのです
(1: 45, p. 26)
アルジュナはこのように言って、弓も矢も投げ捨て、戦車の床に坐り込むのであった。アルジュナは武人としての義務と、家族の一員としての情とのあいだの板挟みになり、深い葛藤に陥るのである。アルジュナは、これほどまでに強く彼の属する集団に縛られ、みずからに訪れた運命の打撃によって魂が震撼されられた。
しかし、これはなにも一人アルジュナにかぎった苦悩ではない。ここに描かれているのは、むしろ私たちの普遍的な苦悩である。人間の生は葛藤と苦しみ、さらには闘いにみちており、私たちはそうした状況から逃れることができない。アルジュナが陥ったのと同様の厳しい状況に私たちも時として直面せざるをえない。アルジュナとは私たち自身にほかならない。クリシュナはアルジュナに友として直接話しかける。つまり、クリシュナは私たちに向かって語っているのである。
ギーターの特徴のひとつは、その教えが出家修行者にではなく、通常の社会生活を営む大衆に向けられているということである。アルジュナは社会のしがらみから抜け出すことのできない普通の人間であり、クリシュナ自身も一度も出家をしたことがなく、社会の一員として存在している。クリシュナはアルジュナに対し、世俗生活を放棄する出家修行を求めているのではなく、反対に社会生活をつづけることを求め、しかもそれを完全に遂行することを求めている。そして、それを束縛ではなく解放の道に変容させるのである。
...つづく
*TAO LABより
いよいよ当社刊〜田中嫺玉さんによるギーターの翻訳が引用スタート。
いまから30年近く前、中公文庫から出ていた『インドの光 聖ラーマクリシュナの生涯』という彼女が書かれた伝記によって燗玉さんの存在を知った。その後一部だけやはり文庫化されていた『大聖ラーマクリシュナ 不滅の言葉』の彼女の手による翻訳にとても感銘を受け、この方はどういう方なのだろうかと興味を持ち、調べ始めた。ネットもない時代、とはいえ子供の頃から興味を覚えたことはとことん辿り掘る癖があり、結果、当時、わたしが住んでいた熱海の近く、小田原のとある老人ホームに居ることがわかった。こんな近くに...ご縁というものは人智を超えているとそれらの経験から確信しています。
その時分、いまでは度が過ぎることもあるとおもう個人情報といった縛りも少なく、彼女にお目にかかれ、燗玉さんも不粋なわたしを気に入ってくれ、定期的に会い、さまざまな語らいを共にする"お茶飲み友だち"という関係になった。
そんな交歓が続いたある日、燗玉さんが「あなた、そんなにわたしが訳したもの気に入ってくれるならすべてあなたにあげるから自由に好きにしなさい。」と「不滅の言葉」の全訳が手書きで書かれている大学ノート数十冊とともに他の原稿も手渡された... つづく