MAGAZINEマガジン

連載

『日本語で<アイ•ラブ•ユー>をどう言うか』 by 金谷武洋

How do we say I LOVE YOU in Japanese?(その6 最終回)

日本語が世界を平和にする!
そろそろ頂いた時間も残り少なくなりました。ここではこれまで述べてきた日本語の特徴、とりわけ英語との違いを踏まえて、私たちの日本語がよりよい世界のために寄与できる可能性を述べたいと思います。紛争の絶えない世界に平和をもたらす思想を日本語がその内部に持っていると私は深く信じるからです。

私が昨年6月まで25年間教えていたモントリオール大学の例で言いますと、嬉しいことに学生数は毎年増加する一方でした。教え始めた1987年にはせいぜい25人ほどだった一年生が、最後の数年は軽く100人を越えていました。日本語は、間違いなく重要な国際語の一つとなっていて、日本国外の日本語文法に関する国際学会などでは、かつての学習者同士が立派な日本語で高度な質疑応答を展開する光景などは当たり前の時代となっているのです。このカールトン大学も日本語教育が盛んですよね。先生たちも大変熱心で、私も効果的な教え方のワークショップに講師として何度も呼んで頂きました。次回は来年春に予定されています。

日本語が大人気なのは、実は日本が、日本文化が、そして日本人の優しさや日本の自然が評価されているからです。

足立美術館.jpg

嬉しいことに、我が国は海外から、それも多くの若者から大変いい印象を受けているのです。日本語を学んだ後で日本に旅行や滞在をして帰ってきた教え子に会って印象を聞いてみると、ほとんどの場合、同じような答えが返ってきます。定番は以下の4点にまとめられるでしょうか。

 「自然や庭園などが美しい」
 「街並などが清潔」
 「人が親切で優しい」
 「交通が便利」

そしてこうした印象は、実はアメリカのタイムという有力雑誌が毎年公表している「世界20か国の好感度」の調査結果でも裏付けられています。この調査は世界56か国12万人を対象に実施した大変な数ですから結果は信頼していいものでしょう。

では世界20か国の好感度上位5か国を眺めてみよう。
1位が日本(77%)である。続いて5%も空いて2位がドイツ(72%)、3位シンガポール(71%)と続き、4位がまた5%下がって米国(64%)、5位が中国(62%)の順である。なお、中国の好感度は3年連続で5位止まりですが、それに対して日本は2007年から連続で首位をキープしています。 こうした「日本の評判のよさ」「人気度ナンバーワン」と近年の外国語としての日本語ブームに深く関わっていることは言うまでもないでしょう。

ここだけの話ですが、実は中国に行った学生はこうまで口を揃えて中国礼賛をしません。明らかに失望し、その後に日本語に鞍替えする学生も結構いるのです。モントリオール大学で教えているアジアの言語は現在中国語と日本語のみです。以前は韓国語とベトナム語もありましたが学生が十分集まらず廃止されてしまいました。ある日、ふと思い立って、中国語と日本語の学生にその言語を選んだ理由を尋ねてみました。自主的ミニアンケートというわけです。

すると大変面白い結果が得られました。中国語を学ぶカナダ人学生の場合は、明らかに「仕事が出来るチャンス」を期待しています。これに対して、日本語の場合は違うのです。「日本が好きだから」という答えが多く、正直、私は感動してしまいました。ビジネスなど実利ではなく、「日本に対する憧れ」が答えの上位に来るのです。さらに、ある学生に、どうして中国語をやらないの、と聞いたら、こういう答えが返ってきました。そのメモが今でも手許に残っています。「だって、先生。選挙のある国とない国、素晴らしい車を作る国と作れない国でしょ。そりゃあ日本がずっといいですよ」

日本の何が良いのかと聞くと、この章の上で述べたような、「日本はきれいで便利で清潔、日本人は親切でやさしい」というような答えがいつも返ってきます。そして、多くはホームステイをするのですが、「日本のお母さん」は自分の身になって考えてくれる、と言います。「自分の身になる」という表現は、まさに北山修さんの言う「共視」の思想そのものです。

カナダへも留学生が来てホームスティをしますが、「門限に遅れるな」とか、「部屋がきたないわよ」とか。上から目線・命令調の「規則の押しつけ」がどうしても前面に出る様子です。それに対して、日本のお母さんは学生と同じ目線で「大丈夫。何か困っていない」と言うのです。問題を打ち明けると「そう。困ったわね。じゃこうしない?」と「まるでこちらの心の中にすーっと入ってきたように」考えてくれるのだと。「そういう見方、助けられ方を私は日本に来て、初めて知りました」と、特に女の子は感動して語ります。

日本語を長年教えて気がついたのは、日本語の言葉だけではなく、それを通じて、学習者の世界観まで変わるということでした。いろいろなプログラムを通じて、私は初めのころは毎年数人、退職前の10年ほどは20人ぐらい、ですから合計すると200から300人ぐらい学生を日本に送りこみましたが、帰ってくると多くの学生が色々な意味で以前と変わっていました。多くは人当たりが優しくなっていました。何と日本語を話して日本で生活していると、本人も気がつかないうちに人格が変わるのです。話し方も変わります。声が変わり、ひそひそ話をするようになります。これは明らかに先ほど数字をご紹介した日本人の話し方の影響です。日本文化に触れて人格や態度が日本的になることをフランス語では「タタミザション」と呼びます。畳の生活にふれて性格が変わることですね。

ちなみに、モントリオール大学の東アジア研究所では、日本語と中国語を教えているのですが、中国語を勉強する学生はビジネス志向です。今、中国の方が経済的に勢いがあるから当然ですね。でも日本語を勉強する学生の方が二倍くらい多いんです。なぜかとたずねたら、返ってきた言葉が「日本が好きだから」。うれしかったですね。好きだと言われたら、これはもはや理性ではない感情です。好きでしょうがないじゃないという感じです。

そこで改めて納得出来たのが先ほど英語と日本語の基本構文のことです。考えてみると、太郎が花子を愛している、という状況を三上の提案した「コト」で終わる文にすると「太郎が花子が好きなこと」るいは「太郎が花子が好きであること」となるのです。つまり「好き」の補語には両方とも「が」がついて「を」は表れません。理由は簡単で、名詞文の「好きだ」は「好きである」という「ある」文、つまり「存在の動詞文」から派生したものだからです。

これはアイ・ラブ・ユーとはまったく違う発想です。アイ・ラブ・ユーでは、主客が完全に分離しています。「アイ」が、上から目線で、「ユー」を愛しているという構造の文で。これは「アイ」と「ユー」の二元論と言っていいでしょう。その二つの要素が動詞をはさんで対立し、「アイ」は主語に、「ユー」は直接目的語となります。「太郎が」と「花子が」がどちらも「好きだ」の前に並ぶ日本語とは文の構造がまるで違っています。

つまり、二元論を立てたのがSVO構文というわけです。英語がSVO他動詞構文を多用するのは、話し手とそれ以外を切り離す二元論が思考の基本となっているからでしょう。これに対して、日本人は、本当の感情において、愛という場所に二人して落ち入るわけです。「太郎が花子ちゃんが好きだ」というのは、愛の中に二人がいるという文になります。まるで巾着か風呂敷です。風呂敷の中に同じ(が)を持った二人がいて、愛という状況に二人がいる。つまり好き合っている二人は、英語と違って日本語では全く切り離されていません。二人は隣り合って同じ地平に立ち、同じ方向に視線を溶け合わすのです。こうした「非分離主義」は、まさに思想といっていいもので、日本人のこんな世界観が「おはよう」や「ありがとう」や「寒いね」など何気ない日常の表現にさえ表れていることは、最初に述べた通りです。

面白いのは、こうしたことを学生に言うとびっくりすることです。女子学生の中には「日本語って、何てロマンチックなの!」とうっとり目をつぶる、あるいは輝かせる者もいるほどです。こうして、日本語の言葉の学習を通じて、学習者の世界観が競争から共同、直視から共視、抗争から共存へと変わって行きます。

実はそれこそがこの章での「世界平和への寄与」の意味なのです。私は2007年に、久しぶりに訪れた広島で「世界平和への思い」を強くしました。

原爆慰霊碑.jpg

具体的には、平和公園の中の慰霊碑の碑銘「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」を見た瞬間です。以前から、この2つ目の文を巡って「一体、過ちを繰返さないと誓っているのは誰なのか」という、「碑文論争」と呼ばれる論争があることは知っていましたが、その日、広島に身をおいて、ふと私には、「誰の過ちか」が明らかにならない方が却って日本語らしくていい、と思えたのでした。

つまり、この講演でこれまで注目してきた「わたし」と「あなた」の共存が、ここでは「敵」と「味方」の形をとっているのではないか、ということに思いついたのです。そう考えれば、敵はいつまでも敵ではなくなります。国境を越えて、広く地球という一つの星の上に共存する人類というところまで連帯の和を広げてゆくなら、戦争という異常な状況に敵もまた当事者、そして被害者として巻き込まれていたと考えられるからです。

その思いは、同じ帰国旅行で、広島に続いて訪れた沖縄でさらに強くなりました。生まれて初めて沖縄に足を伸ばした理由の一つは墓参で、亡き父の実弟がこの地で戦死しているのです。叔父の名前の刻まれた慰霊碑が沖縄南部の糸満市にある平和祈念公園内の「平和の礎(いしじ)」にあると母に聞いたので、それに参ることにしたのでした。母親には、その慰霊碑に刻まれた叔父の名前を写真に撮って来ることも頼まれていたのです。現地に行って先ず驚いたのは戦後50年、1995年に建立除幕されたという慰霊碑の大きさでした。沖縄戦で亡くなった軍人と民間人の全ての名前を刻むというのだから予想はしていましたが、その数およそ25万人。それは幾重にも立ち並ぶ壁、壁、壁でありました。犠牲者の名前は出身都道府県別、しかも有難いこと50音順でしたので、探していた「金谷武文」の4文字はすぐ見つかり、花を手向け、手を合わせました。戦争の終わる6週間前に額に銃弾を受けて亡くなったのだと言います。享年24で出征する前は北海道東部の留辺蘂町の小学校で教師をしていたそうです。

ワシントンのベトナム戦争慰霊碑
しかし、慰霊碑の規模よりもさらに驚いたことがあったのです。それはその慰霊碑に米兵の名前も刻んであったことです。

平和の礎.jpg

以前米国の首都ワシントンでベトナム戦争の戦死者の名前が刻んである巨大な慰霊碑を見たことがありますが、そこには当然ながらアメリカ人の名前しかありません。広島と沖縄の慰霊碑には共通する思想があります。それは、結局我々は同じ舟の上に乗っている、どこかで繋がっているという共存の思想ではないでしょうか。欧米列強の何世紀にもわたる植民地支配を模範にした日本が「脱亜入欧」「富国強兵」のスローガンのもと軍備を進め、ついに軍部が引き起こした戦争の狂気が通り過ぎた時に、日本人は「共存の思想」を再び思い出したのでしょう。そして鎮魂のためにこれらの慰霊碑を建て、敵味方の差を超えて犠牲者の名と平和の誓いを刻んだのだと思います。日本語が亡くならない限り、日本語の思想は亡くならないのです。

さて、その全く逆の思想を我々を現在世界中で見せつけられていることに思いを馳せて下さい。とりわけ2001年9月11日のあの衝撃的な事件で、一部の国家、とりわけアメリカはすっかり冷静さを失ってしまいました。前大統領ジョージ・W.ブッシュ以下首脳陣は「キレた」のです。大統領が「旗を見せろ。敵なのか、味方なのか、どっちだ」と叫ぶ様子はとても正視に耐えるものではありませんでした。フランスの哲学者ボーボワールの「第二の性」冒頭の文を一語だけ変れば、「人はテロリストとして生まれるのではない、テロリストになるのだ」と言えるでしょう。ブッシュには広島や沖縄の戦没者慰霊碑の意味などおそらく理解出来ないに違いありません。

どちらも恐い「原理主義」と「正義病」
9.11の意味を再び問うなら、当時の大統領ブッシュが問うべきだったのは「何故こんな状況になってしまったのか」という「Why?」でした。そうではなく、「誰が俺たちをやったのか」という「Who?」しかこの大統領の頭にはなかったのですね。それで「反撃」に転じた結果がその後のイラクとアフガニスタンの泥沼状態でした。ベトナム戦争では共産主義が仮想敵でしたが、今度の敵はイスラム原理主義です。「目には目を、と言い続けたら人は皆、盲いてしまうだろう」と喝破したのは無抵抗主義のマハトマ・ガンジーでしたが、その教訓は生かされていません。イスラム原理主義ももちろん御免ですが、私にはアメリカ正義病も同様に恐ろしいのです。その両者が不毛な殺し合いを続けています。実に愚かなことだと言わざるをえません。
 
次々と起こる大学や高校での乱射事件も「キレる社会」アメリカの崩壊を予告しています。ある資料(2001年)によれば一年間に銃で死亡した人の数は、ドイツ381人、フランス255人、カナダ165人でした。有難いことに銃の取り締まりが厳しい日本ではせいぜい暴力団がらみの事件に限られており、死者の数は39名でした。人口比で言えば、平和で安全と言われるカナダですら日本の15倍も危険だということになります。

それではアメリカは、と見るとこれが桁外れの数字で、驚くなかれ11,127人なのです。戦後、日本人があれほど憧れ続けてきた民主主義の象徴、アメリカ合衆国は、カナダの10倍、日本のおよそ150倍も射殺されやすい、危険この上ない国となり果ててしまったのです。

銃規制.jpg

藤原正彦はベストセラーになった「国家の品格」(2005、新潮社)の中で、日本をこよなく愛した作家、ポール・クローデルの言葉を引用しています。この作家は外交官でもあり、駐日フランス大使として二回の世界大戦の間に5年3か月(1921〜1927)日本に滞在しました。在任中の1923年に関東大震災が起こり、その祭には自分自身が被害にあいながら救援活動を指揮しています。またフランスと日本の文化交流を目的とする文化施設の日仏会館も1924年に発足させたのもクローデルです。まことに大正から昭和初期の日本の大恩人というべき人物です。そのクローデルが第二次世界大戦中の1943年にある夜会でこう言ったのです。

「日本は貧しいが、高貴であります。
(Le Japon est pauvre, mais noble)
私が世界でどうしても生き残ってほしい民族を
あげるとしたら、それは日本人です」

クローデルは大使として日本に赴任する前に領事として中国の上海、天津などに合計14年も滞在した外交官です。このスピーチがなされた1943年と言えば、日本の敗戦色がしだいに明らかになっている時期です。しかもフランスにとって味方は中国(当時は清)であり、日本は敵国でした。既に外交官を引退して作家生活に専念していたとは言え、何故クローデルは中国でなく日本への愛着を表明したのでしょうか。敵国をここまで擁護する発言をするにはかなりの勇気と覚悟が必要だったに違いありません。

私も藤原の意見に全く賛成です。さらに言えば、混迷する世界を救える思想が日本語そのものに含まれていることを本書は明らかにしようとしました。そして、それだからこそ、今こそ、日本語を明治以来の英文法の呪縛から解放する必要があるのです。

英語に代表される他動詞のSVO構文を基本とする言語の根本的な問題は、その構文が発想として「SとOの分離による二元論」、そして「S(主語)のO(目的語)に対する支配」へと繋がるということにあります。さらに、Sには「力」とともに「正義」がしばしば与えられてしまうのが一番危険なのです。英語を始めヨーロパ言語の話者が何か失敗をしてもあまり謝らないのはそのためでしょう。自分は力を正義が与えられるSの位置を常に保持していたいと思うからです。

精神分析医の河合隼雄が西洋人と日本人の自我を比較してこんなことを書いています。

「他と区別し自立したものとして形成されている西洋人の自我は日本人にとって脅威であります。日本人は他との一体感的な繋がりを前提とし、それを切ることなく自我を形成します。(...)非常に抽象的に言えば、西洋人の自我は「切断」する力が強く、何かにつけて区別し分離していくのに対して、日本人の自我は出来るだけ「切断」せず「包含」することに耐える強さをもつと言えるでしょう」

この本で河合氏は述べていませんが、私は日本人と西洋人の自我意識の違いはその土台に、母語の基本文の組み立て方があると思います。「思考の型を求めていけば基本文型が得られる」と三尾砂が言い切ったことは既に「はじめに」で紹介しました。第四章でみたように、日本語の動詞文は盆栽の形をしていますから、日本人が普通そうする様に、わざわざ補語を言わなければその鉢の中に主体も客体も含まれているのです。三上章はそのことを「日本語の基本文は述語一本立て」と言いました。学校文法で教えられるように、日本語は SOV型でそのS(主語)やO(目的語)が省略されるというのは大きな間違いです。日本語の文が話者の「地上の視点」が基本の立ち位置で、人類が全てどこかで繋がっている、という共存、共生を前提としています。2011年の東日本大震災でもその後の援助、復興活動は「絆(きずな)」という印象的な合い言葉のキャンペーンになってではありませんか。これこそが日本人そして日本語が世界を救える力なのです。

日本語に対して、主体と客体を切り離す二元論的な英語とはまさに真逆、正反対の思想というべきものです。

近年、アメリカは明らかに「正義病」国家となり、世界のあちこちに軍隊を送り込んでいます。これは、自分が反省出来ない「SVO脳」にその原因があると私は思います。イスラム原理主義も自分たちに正義があると思い込んで聖戦(ジハード)を展開してきますから、発想を変えない限り、両者の戦いは永遠に続くしかないでしょう。その意味では、「今こそ、日本の出番」なのです。

日本的な共存、共生の思想は大袈裟でなく、地球を救える力を持っているのです。その力の源泉が日本語であることこそ、今日のお話が明らかにしようとしてきたことなのです。皆さん、ご静聴、有難うございました。どうぞ良い一日をお過ごし下さい。

*TAO LABより
How do we say I LOVE YOU in Japanese?〜今回で完結です。いかがでしたか?
ひきつづき金谷さんとはご一緒に世界平和の一助となると確信している「日本語=日本語脳」についてお伝えしていきます。あらためてよろしくお願いいたします。

peace2.jpg

" 人類平安、世界が平和でありますように "


◆主要著書
日本語は敬語があって主語がない--「地上の視点」の日本文化論』(光文社新書)
日本語に主語はいらない』(講談社選書メチエ)
日本語文法の謎を解く―「ある」日本語と「する」英語 』(ちくま新書)
日本語は亡びない』 (ちくま新書)
英語にも主語はなかった--日本語文法から言語千年史へ』(講談社)
日本語が世界を平和にするこれだけの理由』(飛鳥新社)

◆金谷武洋公式ブログ

NEXT

PAGE TOP