MAGAZINEマガジン
鈴木孝夫の10番目の村から by 鈴木孝夫
慶応義塾大学タタミゼプロジェクト講演要旨
*TAO LAB より
出版社を起こすきっかけになった『神の詩 バガヴァッド・ギータ』では翻訳家 田中燗玉先生
- 神の詩表紙 -
日本ではじめての100%植物性ハンバーガーショップ『Mana Burgers』ではロゴをプレゼントしてくれた絵本作家 戸田幸四郎先生
- マナバーガーズロゴ -
そして、現在のテーマの一つ
『日本語〜日本語脳』では言語学者 鈴木孝夫先生
...と、大大先輩たちに節目節目で出会い、お世話になります。誠にありがたいことです。
で、鈴木先生の連載が始まります〜ますますお元気で、先生!!!
◆タイトル " 鈴木孝夫の10番目の村から " の意味
鈴木先生と初めてゆっくりと交歓したときに伺ったお話の中にトルコのことわざのはなしがあった。
賢者が絶対の真実や普遍的な真理を伝えると9つの村、それはすべての村という意味だそうだが、そこから煙たがれ怪しまれ追い出されるというはなしだった。
たとえば人間が創り共有している「常識」という範疇で賢者が伝えたことをとらえ、それが「常識」では理解できないとしたら?結果、だから「非常識」とみなされ拒絶されてしまう...このことわざの伝えたいことはアラブイスラム圏に限ったものではないとおもう。「常識」か「非常識」かという二元論ではなく、それを超えた、またはそれらを包括した「超常識」というもうひとつの常識があることに気づくこと。「真実」を受け入れ「真理」を求める。人間が人=ヒト=霊止=1+0になるにはこの視点が必要かと。
学者としては専門がないという鈴木先生が母国を離れ、地球を移動し、孤高ともいえる人生でひとりでずぅ〜っと考え求め探求したこと、そして気づき確信したこと、それを教え伝えてきたこと...9つの村=すべての村から拒絶された御年91歳の長老はとうとういままでにその存在を知られていなかった村〜10番目の村(1+0=ヒト)におおいなる喝采とともに迎えられた。肉体は老いても精神と好奇心は少年の頃から変わらない、もうすぐ92歳となる鈴木先生はその村の長老としてますます人生を謳歌している。
イカスぜ!!!
下記は本年6月3日、金谷先生と合同でおこなわれた慶應義塾大学タタミゼプロジェクト「日本語と世界平和」のなかで行われた講演会の要旨として配られたものをここに再録した。
なおこの日の鈴木先生の講演会の映像は週明け7月23日(月)にYouTubeにアップする予定だ。そちらもお楽しみに!!!
【いま日本語をなぜ急いで世界に広める必要があるのか】 2018_06_03開催
本日の講演の狙い
この講演ではこれから外国人に日本語を教える立場にある若い人たちに、今世界に日本語を広めることが、ただ単に日本のためになるだけでなく、広く世界の平和と安定に大きく寄与できる、とても有意義でやり甲斐のある素晴らしい仕事なのだというはっきりとした自覚と、そうなのか分かったぞ、よし私は誰が何と言おうとやるぞという、心の底から湧き上がる喜びと明確な使命感を持ってもらうために、私が役立つと考えるいくつかの事実をお話します。
1.世界は今、近年にない混乱無秩序の大渦に巻き込まれ人々は翻弄されている。そこで世界の数少ない超大国の一員としての日本にも、世界秩序の回復維持に役立つ日本に可能な、応分の貢献をすることが強く期待されるのは当然である。しかし実情は、事がある度にこれまでの日本は求められる巨額の資金援助には素早く応じるが、その際、同時に問題解決の方向や収め方についての日本独自の意見や積極的な提案を殆どしないため、日本は声の出ない自動金銭支払い機(Automatic Cash-dispenser)つまり【金はすぐ出るが意見はさっぱりの国】という、不名誉不愉快なあだ名をつけられたほどである。
2.ところが近年になって思いがけないことに、これまで日本人自身(実はかく言う私も)あまり意識していなかった日本語・日本文化に内存する私の名付けた【タタミゼ力、タタミゼ効果】が、日本語を学ぶ外国のかなりの多くの人の性格や、他人に対する態度などを攻撃的ではなく、むしろ穏やかで協調的なものに変化させるという、なんとも興味のある事実が様々な形で報告されるようになった。
そこで私は今こそ日本語が持つこの興味ある特性を、我々日本人が積極的重点的に本腰を入れて研究し、《武器を持って戦うことを国際紛争の手段としない》と誓った我が国が、まさに取りうる唯一有効な対外的平和工作としての日本語を国際普及を、積極的にはかる絶好のチャンスと捉えるべきだと主張するのである。
このタタミゼという言葉は、私がフランス語の俗語tatamiser(日本ボケするという意味の言葉で、日本語の畳に由来する)からヒントを得て作ったもので、元のフランス語の持つ揶揄的な調子ではなく、むしろ積極的肯定的に《外国の人が日本語をある程度の時間、学んだり日本の文化に親しむようになると、いつしかその人のものの言い方が優しくなったり、周りの人たちに接する態度が柔らかになったりする現象》を指して名付けたのである。
この変化は周りの日本人が、そのことに気付くだけではなく、日本語を学ぶ外国人本人もそのことを自覚して驚いたり喜んだりする。例えば講演会で取り上げるアメリカの文化人類学者ハーバート・パッシン氏のように、彼はいつも新しい外国語を学び身につける度に、自分の行動様式だけではなく、人格までその外国文化向きにある程度変化することを感じるのだが、日本に来て日本語を学んで驚いたことは【自分がこんなにも礼儀正しい人間だったことに気付かされたことだ。英語を話しているときと、まったく違うのである】と。
ハーバート・パッシン『米陸軍日本語学校ー日本との出会い』TBSブリタニカ 1981より
この日本語の持つ力は、未だに終わりの見えない激しい対立抗争に明け暮れる諸外国、特に西欧先進諸国やイスラーム諸国の人々が伝統的にもつ、マッチョ的な闘争心を軟化させるるだけではなく、同時に際限ない資源浪費と、次々と新たなフロンティアの出現を前提とする、西欧資本主義に基づく近代的な経済活動の行詰りをも悟らせ、その結果として現在危機的状況にある掛け替えのない地球生態系を健全な方向にむかって、立て直すことにも私達の日本が大きく貢献できることになるからだ。
3.ところでなぜ日本語・日本語文化にはこのような不思議な力、働きがあるのだろうか?それは日本という島国が、歴史的に見て次々と大文明が出現しては交代してきたユーラシア大陸から、ざまざまな意味で適度な距離で隔離されたまま近代を迎えることができたという、まことに恵まれた地政学的な条件が大きい。決して日本人が優秀な民族であったからではない。
この好条件があったために、日本は遠い西方の国々の優れた文物が、時たま船舶によって到来する《ものと文献》という形の、大量の生身の人間的接触が極度に少ない間接文化受容(増田義郎)によって、通例の異文化受容の際には避けることの出来ない、外国を恐れ外国人を憎む体験と気質(xenophobia)をもつことなしに、ユーラシア文明の恩恵に絶えず預かることができたのだ。
しかも日本には風土的にもともと欠如していた大規模な家畜文化をば、まさにその基盤として成立した一神教(ユダヤ・キリスト教やイスラーム教)は当然日本に入り込めず、したがって一神教出現以前の古代では、どの社会にも普遍的に見られた《自然のすべてに霊的超越的なものを感知するアニミズム的な宗教感覚》が、日本では失われずに、未だ至る所にも見られるのだ。そして万物流転、山川草木悉皆成仏、輪廻転生といった、人間を他のすべての存在者から切り離してそれらの上に、支配者としての位置を与えるような人間至上主義で人間中心の一神教的な階層的世界観ではない、万物間に上下の区別のない、相互依存を前提とする共存共栄を当然のこととする感覚が残っている。このことは一般庶民の様々な自然に対する儀式的な行動や、人間のために役立って死んだ様々な生き物の霊を慰める供養や自然を対象とする文化活動(例えば俳句や盆栽)などに、今に至るもかなり保持されている。
したがって日本という国は、いわば古代と近代の二つの性質を同時に合わせ持つ、世界に例を見ない新旧文明の併存する二重文明、言ってみれば二枚腰文明の国だから、異質の他者に対して対決的折伏的な硬直した接し方ではなく、妥協的協調的に共存することが本来の体質なのである。まさに日本では聖徳太子の言葉とされる《和を以て貴しとなす》の精神が、諸外国に比べて高尚な芸術作品や宗教行事にだけではなく、日常生活にまではっきりと表れている。だから外国の人が日本を知れば知るほどタタミゼ(軟化)されてしまうのだ。
しかし残念なことに現状では、これらのせっかくのタタミゼされた人々が自分たちの国に帰ると、そこでは依然としてマッチョ的な雰囲気が優先しているので、なまじ日本化された人は浮き上がってしまって、周りとの協調がうまく出来なくなることも報告されている。だからこそ日本語・日本文化を急いで外国に広め、タタミゼ化した人を一人でも多くする必要があるわけである。
4.ところがなんと現在の日本には、私が長年提唱してきた日本語の一日も早い国際化(たとえば日本語を国連の公用語に加えることなど)に不熱心どころかはっきりと反対する人々までが、外務省や国連関係の人々の中にいるだけではなく、肝心の日本語教育関係者の中にも、積極的な国際普及に対しては及び腰の人が散見されるという残念な事実がある。
このような自分自身の国語である日本語の世界普及に対する消極的否定的な態度の詳細については、本日の短い講演では残念ながら深く触れる事が出来ないので、興味のある方は私の関連著作を見ていただくしかないが、なぜ今でも日本人の多くがこのような消極的な、ある意味では自虐的とさえ言える態度を、自分の掛け替えのない母国である日本語に対して取るのかの原因というか理由は、大雑把に言って次のようなものであると思う。
イ.日本語は発達の遅れた劣等言語なので、もっと良い進歩した言語を国語として採用すべきであるという考えが、明治開国以来現在に至るまで様々な形で、今でも多くの日本人の心の隅にある。これが日本語放棄論の系譜と私が呼ぶもので、古くは明治期の初代文部大臣森有礼の『英語を国語とすべき』という主張、大東亜戦争敗戦直後に大文豪の志賀直哉が唱えた『日本語を廃止してフランス語を国語とすべきだ』という説、そして漢字は煩雑で学習に時間がかかって非能率だから、これを捨てて先進国が皆用いてる(これは世界の実情を知らない無責任な発言です)簡便で能率の良い『ローマ字を採用すべきだ』といった今でもよく聞かれる数多いローマ字論者の主張などである。
でもちょっと胸に手を置いて考えてみてください。日本はその劣っていて不完全だとされる日本語を捨てずに、しかもその上、非能率極まると欧米人、その尻馬に乗った知ったかぶりの日本人たちに糾弾された漢字を残したままで、なんと僅か百年足らずのうちに先進欧米諸国に追い付き、部分的には追い越してしまったのです。この明白な事実を【日本語は劣った言語だ、漢字は非能率で教育や社会の発展を妨げる】と主張した人々はどう説明しますか?私の考える答えは唯一つ。『日本語が悪い劣った言語だと言った自分たちがバカでした。偉いと思った西洋人も、見てきたような嘘を言いました。なんともすみません、ご免なさい』ですね。そこで大切な教訓をひとつ。これからは外国人の言説を直ぐに信じたり、無暗に有難がったりしないこと。
ロ.自分たちの国日本は、かつて植民地にした台湾(五十年間)や朝鮮(三六年間)で、日本語を学ぶことを現地の人々に強制するという、なんとも悪いこと、申し訳ないことをした。だから再び同じようなことをするのは気が進まない。どうしても外国に日本語を広める必要があるのなら、相手の方から学びたいから援助して欲しいと言われた時に、それならばと静かに応じる姿勢をとるべきだというのです。
でもこれを聞いた英米人を始めとする殆どの西洋人は、日本人ってくそ真面目で不思議な人種だと思うでしょうね。というのも欧米諸国は、彼らが何百年もの長きに渡って植民地にした、そして彼らの言語を押し付け、それを今でも日常的に使わざるを得ないアジア、アフリカ、そして中南米地域の何十という国々に対して、あなた方の住んでいたところを『植民地にして悪かった、自分たちの言語をあなた方に押し付けて申し訳ない、済まなかった』と、公的に謝罪した国、賠償金を払った国は日本以外一つもないからです。(本当か?と思う人は自分で調べて、もしあったら教えてください。)
いまでも最も多く聞かれる、かつての植民地に対する白人たちの感想は、反省どころか、【これらの地域に住んでいた無学文盲の有色人種たちに苦労してヨーロッパ語を教え、キリストの教えを知らなかったために、すんでのところで地獄に落ちる運命だった彼らを、大変な手間暇かけ苦労してキリスト教徒にしてやったのは、我々に神が課せられた責務、つまり全知全能な神が、我々白人に背負うことを命じた重荷、つまりwhite man's burden(R.Kipling)なのであって、大変だったのはこちらの方だよ】です。
ハ.日本語なんてチッポケな取るに足らない言語なんだから(実は日本語はごく最近まで世界に役六千種もあるといわれた数多い言語の中で、常に上から十番以内にある大言語だった。今でもかなり上位にある、大言語どころか大大言語なのだ)私たち日本人の方が今や国際語と称される英語を勉強して、国民全部が英語上手になったほうが、日本のため世界のためになるのでは?これはかつて小渕首相が主催した言語問題研究会で主張された、いわゆる英語第二公用語と称されたものだ。いまでも文科省は小学校からまだ日本語(国語)もろくにできない子供たちを、何とか国際人にしようと、英語を必須科目に入れて英語力の向上に血道をあげている。でも英語のあまりうまくない非欧米人である日本の学者が、次々と(今現在26名)ノーベル賞を取る(アメリカに次いで二番目に多い)のはなぜ?
さてこのように掛替えのない自分の母国語に対して殆ど自虐的とさえ言える様々な否定的評価を抱いている多くの日本の知識人たちに向かって、私のような日本語を世界に一刻も早く広めて、日本についての正しい認識を広め、刻々と迫りくる人類の危機と地球生態系の崩壊を遅らせ、あわよくば食い止めようなどと叫ぶ人は、今のところ残念ながら決して多くなのは何故かが以上でよく理解されたと思います。
私の座右銘
*今日という日は私の〈残りの〉人生の最初の日だ。
過去を悔やまず、前身あるのみ。
*率先垂範。自分が先導者となり、不言実行ではなく有言実行。
千万人と雖も吾往かん。
*他人(ことに欧米人)の言ったこと書いたことに頼らず信を置かず。
自分で見たこと考えたことに基づいて発言し行動する。
(立ち見もでた当日満員の会場で講話する鈴木先生〜この要旨から大いなる脱線とともに大爆笑の渦が...感嘆とともに、、、)
◆ 鈴木 孝夫(すずき たかお、1926年〈大正15年〉11月9日 - )
日本の言語学者・評論家。慶應義塾大学名誉教授。(財)日本野鳥の会顧問。谷川雁研究会特別顧問。国際文化フォーラム顧問。
御年90を過ぎてなお活発に独自のタタミゼ論を展開する、言わずと知れた日本の言語社会学の代表的論客。いまもって講演会は爆笑と感嘆の渦です。ご自身は「死ぬのを忘れた老人」(笑)とおっしゃっております。
...wikipediaへ
『ことばと文化』(岩波新書)
『ことばの人間学』(新潮文庫)
『ことばの社会学』(新潮文庫)
『教養としての言語学』(岩波新書)
『日本人はなぜ英語ができないか』(岩波新書)
『閉された言語・日本語の世界』(新潮選書)※ドイツ語版も翻訳刊行
『日本語と外国語』(岩波新書)
『あなたは英語で戦えますか: 国際英語とは自分英語である』(冨山房インターナショナル)
『日本語は国際語になりうるか 対外言語戦略論』(講談社学術文庫)
『新・武器としてのことば 日本の「言語戦略」を考える』(アートデイズ)
『日本語教のすすめ』(新潮新書)
『日本・日本語・日本人』(新潮選書)
『日本の感性が世界を変える 言語生態学的文明論』(新潮新書)
『日本人はなぜ日本を愛せないのか』(新潮選書)
『私は、こう考えるのだが。―言語社会学者の意見と実践』(人文書館 )
『人にはどれだけの物が必要か: ミニマム生活のすすめ』(新潮文庫)